天使・前1。

『新しい恋人のポットの話』

「ポットの湯って怖いな」
新しい恋人は、何故か、私の話を先取りした。
うん、はい。
何が怖いって、次々、水を足しテイクやろ。
テイクやろ?
あー、足して、いくやろ。
か。
新しい恋人は大阪弁を操る。巧みではないけど、普通に、適度に操る。
あの、足されて、薄まって、足されて、薄まって、ちょっと足して、またちょっと薄まって、ていう、オリンポス?オリンパス?ちゃうちゃうちゃう。あー……シジポス。あの、頂上に岩を運んでは転がし、運んでは転がししとる奴。あ、でも、これ、ちょっと違うか。どっちかっちゅうと、少林寺の特訓で、一回目は全然あかんのに、二回目はさっきよりちょっとうまなって、三回目はもっとうまなってっていう、循環してるだけにみえるのに、徐々に変化するのに近いかな。
それが怖い。
だからって、全部を入れ替えるような無粋なことはできへんねん。
ブスい?
大阪弁?
「無粋」
憤然と答える、新しい恋人。
でも、ありそうじゃない。ブス臭い、ブスっぽい、ていうのを略して「ブスい」。「きもい」の親戚。
「それやったら、『キモ』臭いってことになるやろ」
あ、そっか。
「じゃなくて」
新しい恋人は少し苛立ったようだ。
「少し足して、もともとの水が薄まると、そこで、すでにもともとの水とは違うようなって、またそこに足すと、その最初の薄まったやつとはまた違う薄まり方になって、つまりは、含有率の問題なんやろうけど」
うん。それって、その時のお湯はその時のお湯ってこと?
「なんかちゃうなぁ。お湯がコーヒーやったら、わかりやすいかな。この水に足してみて実験やな」
新しい恋人は、自分の手元にある水の入ったグラスを持って、言った。
コーヒーおかわりする?
「いや、お前のコーヒーを入れるから」
なんでやねん。
「今の感じ。ポットのお湯って。俺じゃなくて、千博君からみた、今のお前」

千博君は一個前の古い彼氏の名前だ。