ここんとこの日々ー完ー

と言うわけで、あっという間に四月が過ぎ去っていました。
よく『一月は行く、二月は逃げる、三月は去る』言うけど、四月は知らん、言うぐらい、知らん間に過ぎ去ってて。

前回の記事で、変にお気を使わせてしまった皆様、申し訳ございません。けど、暖かいお言葉ありがとうございました(*´-`)
芸人たるもの死んでからも芸人たれ、という言葉がありますが(ほんまか)、お客様に舞台を楽しんでもらうには、やはりマイナスなことは言わん方がいい、と私も思います。
こないだの記事は、私、大変だったんやでぇと言うつもりのやなくて(実際、舞台に上がって喋ると、目の前のお客様に意識がいくので、色んなことは忘れて喋れるのです。というか、逆に思い出してしまうと喋れなくなるし)、そんな風に自分の気持ちを抑えて舞台で楽しそうにし、舞台を降りてからも誰にも言えない状態でいた時、ふと、「あ、なんか、今、ヤバイな」と思うことが多々ありました。
イメージは、でかい湖の上で、私一人ボートに乗って浮かんでいる感じ。周りには誰もいなくて静かで、湖は凪いでいる。多分、この湖はめちゃくちゃ深い。それを想うと身体が竦むし、もしかしたら、湖の主みたいなんがドワーっと出てきて、呑み込まれるんやないか、みたいな気もする。けど、それは確かじゃないし、今は特になにもないから、どうしようもないけど、なんかめっちゃ怖い、みたいな。
名越康文先生が「鬱というのは、車のアクセルとブレーキを同時に踏んでる状態」と書いていたけど、おー、もしかして、これか!と。
舞台では思い出さなくても、舞台から降りると思い出すし、でも、打ち上げでは水をさせないから言えないやと我慢→帰ってきてから色々と考え、毎日の稽古ができず、フラフラなままで舞台に上がる→高座を反省して、余計に落ち込む、のような日々でした。

それでも、私が、なんとか岸に戻らな!と思えたのはお客様が笑ってくださったり、応援してくれはったお陰なんですが、これ、もし会社で働いてて、こんな状態やったら、無理したり、友達とか誰にも言えなくて溺れたりするんちゃうやろか?と思いました。

だから、もし、ブレーキとアクセル踏んでるのに気づいたら止まってください。

もし、なんや知れん怖さを感じたら、急いで安全な場所に行ってください。

同じような気持ちで生きてる、同年代(いや同年代じゃなくても)、女性(いや、同性やなくても)が、もし居るとしたら、逃げていいし、いや、むしろ逃げよーぜ、ということが言いたくて、前回からの長い長い文章となりました。

信頼する友達や先輩方はいるけど、好きやからこそ、こんな面倒なこと言うてええんかなと思ってしまうのもわかるし、逆の立場で、なんで言うてくれへんかってん、と思うのもわかる。悩みに悩んで、ただ笑てくれてたらよかったなぁ、みたいなことから始まった今の生活なので、これからも、自分が落語会をやることで、誰かの、何かの足しになればいいな、とか。そんなことを記しておきたかったのです。

あと、もう一つ。
みんな、人間ドックは行ってくださいね。(年末の、湯豆腐と歌の会のテーマは、これでした)
見つからないこともある?
そんなん、わからんし、あとで、受けとけばよかった、と思うぐらいなら、受けた方がいいはず!

そして、私と生きのびて、できるだけ、一緒に笑ってください。

これからも、ヨロピク。

今年の、はなしか宝塚ファン倶楽部は、『風とともに去りぬ』。ベル・ワトリングを演じました。

ここんとこの日々ーその1 岡町の日。

書くべきか書かぬべきか、ずっと悩んでいたんですが、宝塚ファン倶楽部は控えているものの、グランプリ予選も終わり、少し余裕もできたんで、誰かに読んでほしいのもあるしで、久しぶりにブログを書きます。
二月末に兄が亡くなりました。
闘病中というのもあり、いつかは…と思てましたが、朝方、呼吸困難になり、そのまま病院で息を引き取りました。朝、病院から連絡があり、父が病院に走り、その父から連絡をもらって私も病院に行きました。
そういう時は、できればその日のうちに病院を出なあかんらしく、混乱している両親に代わり、葬儀社へ連絡し、霊柩車で迎えにきてもらう段取りをし、昼から仕事だったため、一旦家に帰り落語会へ向かう。その日は、演者に寄り添って楽しもうとしてくださるお客様ばかりの暖かい雰囲気の会でして、これ、スベってたら、舞台おりた瞬間、絶対号泣やったなと、呼んでくださった師匠のお人柄や主催の方々に感謝しました。
翌日も落語会でしたが、お通夜のつもりやったので、打ち上げは失礼します、と呼んでくれた先輩に連絡していたものの葬儀社の都合で翌々日に。この日も、めちゃ良いお客様( ; ; )
お通夜葬儀はこじんまりと家族葬で行い、兄の友人、ご近所の方や父の仕事関係、親戚やいとこが参列してくれました。ただ、さすがに父や母の号泣は見ていて辛かったです。
生きとし生ける者、必ず、その瞬間が来るのは仕方ない事ですが、あまりにも唐突すぎたし、闘病生活に入り、どんどん痩せ、感情もコントロールできない時があった兄が、最期の瞬間、病院で一人寂しくなかっただろうか、哀しくなかっただろうかと考えると居た堪れなくなりました。もっと優しくできたんちゃうやろうかと後悔してます。
兄のお通夜と葬儀が終わり、御礼や色々な手続きの合間、笑女隊公演の稽古と本番でバタバタしていると、今度は愛猫のきなこが高齢による腎不全で亡くなりました。年齢も年齢でしたが、いつもオヤツをくれる兄が居なくなったことに猫なりに何かを思ったのか、それは分かりませんが、正直、ショックすぎて…。翌々日、動物霊園でお骨にしてもらい、家に連れ帰ってきて何とか少し落ち着きました。三月は主催の会もあったし、東京でも勉強会あったり、結構、忙しくて、何事もなかったかのように(きなこの事だけ、落語会とラジオで言うたけど)、楽屋入りし、舞台で喋って、何事もなかったかのように打ち上げで笑う毎日。
その合間に、兄の携帯電話を解約したり、ローンが残ってた車の車検が、4月中旬で切れるので、名義変更せなあかんかったり、契約してるカードを解約したり、精神的ダメージだけやなく、肉体的にも結構ハードでした。
携帯の解約も車のことも、もっと簡単に出来ると思ったのに、なんてややこしい世の中やねんと思う。
携帯電話の解約は、とりあえず死亡診断書が必要と言われ、病院で発行してもらい持っていくと→wifiも一緒に契約してるから、wifiの番号がわからないと解約できないと言われる→いや、wifi使てたことも知らんのに番号なんか分かるかい!→個人情報やから、戸籍謄本がないと調べられない→戸籍…父親の籍のままやから、徳島にあるんですけどー…→その日は、末日やったから、結局、解約間に合わず…(しかも、このやり取りの前に、受付番号もろて、1時間半待ってるし)→後日、徳島市役所に送ってもろた戸籍謄本と死亡診断書を持って、docoモ行くと、違う担当者が戸籍謄本無しで解約の手続きをしてくれる。ちゅうか、なんやってん⁉︎あの日の非解約は!!となったり、
郵送で送るシステムのDVD解約は、解約したいと電話で言うと、兄が支払ってるカード会社の番号がわかるなら、ネット上で解約できます、と。番号なんか分かるかい!いや、名前と住所と電話番号わかってるねんから解約できんひんのかい?勝手に契約されてお金払わないかんかったらあかんけど、勝手に解約されてても、また契約したらええだけやねんから、何があかんねん!と、ちょっとごねて、電話口で解約できることになる。

いや、なんやねん!ほんま。こっちは悲しみにくれとんねん!と思う。

長くなったので、とりあえず、続く。